教会の祈り、とりなしの祈りを通して、神のみわざを体験

     突発性難聴のいやし




■娘に起こった「突発性難聴」の病

 今回、神さまが私たち家族に与えてくださった素晴らしい恵みを証しさせていただきます。
 ある日のことです。突然、娘の両耳に「キーン」と言う音が鳴り響いているような耳鳴りが起こりました。そのせいで、娘は、一晩中、眠れなかった様子でした。
 「大丈夫。すぐ治るから、もう少し様子を見てから病院に行く」と言っていましたが、「もしかして、突発性難聴なのでは」と私は不安になりました。
 なぜなら、4年前に召天した私の父が生前に突発性難聴にかかり、片方の耳が聞こえなくなり、長年、耳鳴りに苦しんでいた姿を思い出したからです。
 娘と一緒に病院に行き、診察してもらいました。検査が少し長くかかり不安でしたが、その間、何の異常もないように神さまに祈っていました。
 検査の結果、突発性難聴と診断されました。「やっぱり」という思いと、主人も同時期に入院していたので、次々と許される問題に「どうして私たちばかり」と不信仰な思いに駆られました。

■治る確率は半分以下

 病院の先生が言うのには、一部分の音に関しては、まったく聞こえてなく、両耳ともグラフの値の一番底くらいまで落ちているということでした。
 「一般的に、治る確率は半分半分くらい」と説明され、娘の場合は、「状況から見て確率はもっと低い」と言われました。
 耳鳴りについても、「完治しない限り、一生残ってしまう」と言われました。
 そして、治療は「若いのであまり使いたくないですが、数カ月で難聴が固まってしまうために、ステロイドの薬を6錠服用し、徐々に数を減らしていきます」と説明されました。
 娘はまだ17歳です。これから先の事を考えると、この現状をどのように受け止めるか、不安と恐れでいっぱいでした。

■娘の信仰を通して

 しかし、娘は先生の説明をにこにこと笑いながら聞いていました。私はびっくりするとともに、すぐに神さまが共にいてくださることが分かりました。
 私は、心の中で、自分の不信仰を悔い改め、この事が許されたことを感謝しました。
 診察が終わると、娘は、「大丈夫。神さまが治してくれるから。大丈夫だから、お母さん」と何の不安もなく、明るく言いました。
 許された病を感謝し、全てが益に変わること、また、この後ろにある神さまの素晴らしい計画に期待し、喜び、いやしの祈りをしました。
 娘は、教会の姉妹のいやしの証しを通して「闇は光に打ち勝たなかった」とことばを受け取っていました。
 自分にこの病が許されても、神さまのことばをしっかり握り、祈ったら必ずいやされると信じていました。だから、何の不安もなかったのです。
 この時、肺炎が許され入院していた主人のためにも共に祈ることができました。
 娘は、薬のせいか、食欲も無くなり、たくさん残っている宿題も手付かずのままでした。
 しかし、夜は「やすらぎの歌」のCDを一晩中かけて寝ました。音楽が切れ、静かになると耳鳴りが響き、目が覚めてしまいます。
 それでも、娘は「大丈夫」としか、言いませんでした。

■喜びと感謝と賛美の声を声を上げる

 私は、一日も早くいやしてほしいという願いを持って神さまに必死に祈りました。そして、今年度語られたみことばの通り、喜びと感謝と賛美の声を上げ、感謝の踊りを神さまにささげました。
 娘の信仰を見、必ずいやされると思いましたが、私自身にもみことばを与えてくださいと祈りました。
 「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ―それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう」(エレミヤ書29章11―13節)というみことばが与えられ、いやされると確信しました。

■教会の祈りの力

 牧師のとりなしで、祈祷会と教会全体で娘と主人のいやしのため、とりなしの祈りをしていただきました。私は、教会の祈りの力を感じました。
教会で祈ってもらったその日から耳の状態が良くなっていき、娘は、「もう治った」と信仰の告白をしていました。
 主人も、24時間点滴が2週間以上も続く中で、数値こそ悪いのですが、元気で守られていました。
 入院している病院は、高速道路を使用しても、往復1時間半以上かかりましたが、神さまに祈る時間が与えられ、感謝な時間となりました。
 全てが益と変えられ、何一つ無駄な事はなく、平安が与えられました。

■いやされた突発性難聴

 その後、娘と病院に行き、再度検査をしました。
 先生は娘に「治っているよね」と不思議そうに聞き、娘は「はい」と笑顔で答えていました。病院の先生は検査結果を見ながら、頭をひねっていました。
 娘の耳は完全にいやされたのです。それどころか、耳の状態は以前より良くなっていました。
 教会で祈っていただいた後、主人もみるみるうちに良くなり退院することができました。
 私は、祈りの力を体験し、ただただ、神さまに感謝をささげるばかりでした。
 神さまの愛の中で守られ、病を通して娘の信仰が立て上げられ、私自身も祈りが与えられ、神さまは祈りに答えてくださるんだと体験することができました。
 みことば通り、全てが益となり、無駄な事は何一つない神さまの愛に感謝し、教会の恵みによって育てていただいていることに本当に感謝しています。
 神さまに全ての栄光をお返しいたします。

 広田一美 (み声新聞 697号掲載)


                     
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